2012年5月29日火曜日

将来は環境大臣になってほしい。素晴らしい人だ。昨日からそう考えていたところ、この記事。



俳優・山本太郎が結婚!だが反原発活動はやめず!「だって、守る人が増えたんだから当然でしょ」

シネマトゥデイ 5月29日(火)19時2分配信
俳優・山本太郎が結婚!だが反原発活動はやめず!「だって、守る人が増えたんだから当然でしょ」
拡大写真
ツイッターで結婚を発表した山本太郎 - 画像は今年1月のイベント時撮影のもの
俳優の山本太郎が29日、年下の一般女性と結婚したことをツイッターで発表した。2年前に出会ったときは友達の関係だったというが、今年4月の終わりに再会。それから1か月ほどでのゴールインとなった。

山本は29日夕方に「市役所へ行った。別件で(笑)」とツイート。そのときは何の用事か明かさなかったが、その約30分後に「結婚したよ」「びっくりした!なんて言わないで、自分自身が一番びっくりしているのだから(笑)」と発表した。

東日本大震災以降、山本といえば反原発活動に従事していることで知られている。「未来がイメージしずらい今の世の中で、家族を持つ事への不安がなかった訳じゃない」とつづった山本は、相手の女性について「今の僕の状況を理解した上で、支えたい、ついて行きたい、と言ってくれた変わり者」と説明している。

また、結婚したことで活動がトーンダウンするのかどうかについては「いえ、残念ながら、より一層張り切って活動やりますよ。だって、守る人が増えたんだから当然でしょ」と宣言。反原発活動家として、そして俳優として、今後も山本太郎からは目が離せそうにない。(編集部・福田麗)

2012年5月26日土曜日

Garage

F1の面白いところは、本番のみならず、予選も楽しい事がわかった。コース内でごっちゃになって走らないから、個々の技術やガレージ内の動きなどが見られて楽しい。ピットクルーも短パンとポロシャツ姿で清々しい。明日の本番も見るよ。モナコに住めるように頑張る。それくらい金持ちになりたい。

 F1見ていて思った。2010年以降の俺は勿論走行してないし、ピットにもいない。ガレージに籠もった状態だと。ガレージにいると思えることが、参戦していると解釈できる場合もあるけれど、実際とても歯がゆい。客席で見ていると何も進行していない状態(リタイアしてガレージに籠もっている訳ではないけど)であるし、主観的に判断してももあまり進行したようには思えないのだ。これがなおさら歯がゆい。

この2年間の俺はガレージに籠もったままで、陽に当たったことがない。カビが生えてきた。早くピットに出て、そしてレースに戻りたい。論文提出を10月に延期したために、卒業は12月になってしまった。卒業してレースに戻りたい。

2012年5月2日水曜日

岩見沢

岩見沢での講師の話が選考から漏れた。論文がないから漏れたらしい。まーしょうがない。いずれはもっと良い論文書くぞ。漏れてかえって良かったと思ってる。自分と家族の将来の可能性が広がる。金はもう少し踏ん張らないといけないかもしれないけれど。

2012年4月22日日曜日

気持ちの強さ

個々の話で、団体の話ではない。 本番や日々の鍛錬の両方のパフォーマンスに焦点を当てる。 技術や上達ってのはある程度段階が踏めるし、目に見えるものだから評価しやすい。 その技術や上達をささえるのは心の状態。ただ心の状態を段階的に鍛えるのは 難しだろう。心の状態を経験によって鍛えるってのはあるけれど、経験のみの 鍛錬では現実に勝てない。身体的に試合の経験だけで、トレーニングなしで 何かを達成できないと同じ。心を段階的に鍛える。面白い課題だ。

2012年4月18日水曜日

時間

この歳になって学んだ事。34になってやっと学んだ事。それは「時間の再利用はできない」。「時間は捻出する、と無駄にしない」。時間は水のように流れどこにでもあるような気分になるけれど、実は限られているということについてやっと気づいた。遅い。

2012年4月16日月曜日

家族

可愛い。もっと欲しいけど嫁も体力的にあれだし、仕事もないし。


2012年4月15日日曜日

そのまま引用

エネルギーはどうしたらよいの?(3) 教科書の危険な筋道

学校の先生は「誠実」でなければなりません。それは先生という職業は「他人の心、それも子供の心を左右する」仕事ですから、尊敬され、誠実でなければならないのです。医師が他人の体を傷つけ、裁判官が他人の自由を奪うように、これらの職業は「聖職」なのです。

その「誠意」とは、「みんなが言っているから」とか「常識だから」というだけでは不十分で、自分自身の魂に聞いて見なければならないからです。

今度の原発の事故がそうですが、影響の大きいことに携わる人は「まじめ」でなければなりません。この「まじめ」とは「間違っていることはわかっていても、社会がそう言っているから」とか「空気の通りしておけば無難だ」というのではなく、「自分の専門性から考えて何が正しいか」という魂が必要です。

・・・・・・・・・
今の教科書を見ると、エネルギーや電力のことは、「石油・石炭は近いうちになくなる」→「それに石油石炭を焚くとCO2がでて地球が温暖化する」→「温暖化すると南極の氷がとけてツバルが沈む」→「だから節約して、原発か自然エネルギーにしなければならない」→「もともと節約は大切なことだ」という筋道で仕上がっています。

この説明の中で、「アメリカや中国は脱石油も脱石炭もしていない」、「CO2の削減(1997年の京都会議の時を基準にしてマイナス)をしているのは世界で日本だけ」、「温暖化すると南極の氷は増える」、「ツバルの海水面は9センチ下がっている」、「アメリカ人一人あたりの消費電力は日本人の2倍で、電気料金は2分の1」、「節約は個人生活での道徳であり、科学とは違う」というような重要なことは一切、触れられていません。

「お上はそう考えている。君たちもお上に従え」と言っているのが教科書です。戦前、戦争を賛美した教科書を批判した人たち、今の政府の要人になっている日教組の人たちは何が信念なのでしょうか?

社会が利権にまみれていても、子供たちは未来の日本を作る人たちです。その人たちが自分でデータを検討せず、自分で考えず、お上の言うことをそのまま子供たちに伝える現状はきわめて危険です。

私は教育を担当している人が、もう一度、自分が子供たちに伝えているのは、世界でも特異な空気的合意をしている日本社会だけの「空気的事実」ではないか? まずは「世界の動き」、そして第二に「科学的事実」を子供たちに伝えるという魂を持ってもらいたいと思います。

「節約」は大切ですが、それは「事実」や「科学」とは違い、普通の女性を「魔女」として火あぶりにした時代の考えです。節約は人生を豊かにし、幸福にしてくれますが、それと石油が足りないとか、CO2で温暖化すると言うこととは違うのです。

また、アメリカ人が2倍の電気を使っているという事実は、節約とは関係がありません。日本の電力会社が地方独占で放漫経営を続け、その結果、福島原発を爆発させ、電気代を2倍にしていたと言うことだけなのです。

「節電は良いことだ」と子供に教え、その基本は「東電を手助けする」のではどうにもなりません。なぜ、日本人だけはCO2を削減して、節電しなければならないのか、節電は良いことでも、なぜ自分の自由意思ではなく、強制されるのか、それを考えてもらいたいと思います。

もしこのブログをお読みの方の中に学校の先生がおられたら、「思想」を重んじるばかりに子供たちに「間違った科学」や「間違った事実」をお教えていないかをもう一度、振り返ってもらいたいと思います。

かつて「北極の氷が融けて海水面があがる」という報道があり、それをそのまま教えていた先生がおられました。環境省は後に「北極というのは北極圏のことであり、北極圏にはシベリアも含む」という意味の無いいいわけをしていましたが、テレビでは北極海の氷が融けてシロクマが右往左往している映像が出ていました。

もちろん、アルキメデスの原理があるのですから、海に浮かんだ氷が融けても海水面は上がりません。もし北極の氷のことを社会科で教えていたら、理科と社会科で異なることを教えていたことになり、大きな問題です。

「紙のリサイクルをすると森林を守ることができる」とか「森はCO2を吸収する」でも理科と社会で違うことを教えていました。理科では光合成の原理を教えるので、森はCO2を吸収しませんが、社会では大人の間違いをそのまま子供に教えていたと言うことです。

エネルギー問題ついて国民の選択が大切なのに、教科書で事実と異なることをこれほど長い間教え続けていると言うことに対し、教科書を執筆したり審査したりする先生、それを使って教える先生は「国が正しいのだから」というのを捨てて、新しい憲法の下、教育の自主性を発揮してもらいたいと思います。

「educationtdyno.39-(10:16).mp3」をダウンロード

(平成24年4月13日(金))

武田邦彦

http://takedanet.com/2012/04/post_79e2.html

2012年4月13日金曜日

kime

まだわからんけど、ひょっとしたら岩見沢で仕事もらえるかもしれん。25年度採用と最初に聞いていたけれど、最近はひょっとしたら27年採用かもしれないなどと、情報が交錯している。それ以外にも、変数がありすぎる。経済的な安定、将来老後への蓄え、子どもの教育費、教員としての経験、研究者としての国内の進出などの肯定的な部分と、放射線、放射線による食物の影響、それらによる家族への健康の被害(得に身体への影響は5年10年で出てくるし)、研究者として国外との繋がりを保つのが比較的困難になる可能性(これは校務等や専門外の授業の担当などに時間を使うとなると必至)、その他いろいろ。「選ぶ事は負けることである」、とルーベンにいる俺らのプログラムの代表教官が言っていたけれど、確かにその通り。しかしどれくらい負けるか、どの程度負けることを許容範囲とするのか、いろいろ考えなくてはならない。心が決まらん。決めようがない。変数がありすぎる。ただし岩見沢に絞って心を決めることはしないほうが良いだろう。日本国外で仕事やPhdの可能性を探すことは大切だろう。海外で講師のポジションがもらえるなら、それはそれは取るだろうけれど。

2012年4月4日水曜日

いいニュース?

これはいいニュースか? 過去と比べてどうなんだろうね? 福島以前の基準と比べて。
とにかく、はっきりした基準を示すことはいい事だ。
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201203/2012033100218&rel=y&g=soc

1日から食品新基準=放射性セシウム、厳格化-魚・肉・野菜100ベクレル
 食品に含まれる放射性セシウムの新たな基準が1日から適用される。新基準は、東京電力福島第1原発事故直後の昨年3月に設定された暫定規制値より大幅に厳格化され、肉や魚、野菜は暫定値の1キロ当たり500ベクレルから100ベクレルとなる。基準値を超えた食品が流通しないよう、厚生労働省は自治体に検査強化を求めている。
 暫定規制値では食品を5分類し、「肉・卵・魚・その他」「野菜類」「穀類」を1キロ当たり500ベクレル、「牛乳・乳製品」「水」を200ベクレルとしていた。新基準値は子どもに配慮して「乳児用食品」(50ベクレル)の区分を新設。「牛乳」も50ベクレルにし、その他の「一般食品」(100ベクレル)と「水」(10ベクレル)を合わせて計4分類とした。流通期間が長いコメと牛肉には経過措置を設けて10月から新基準を適用。大豆も来年1月に切り替える。(2012/03/31-14:51)

2012年3月25日日曜日

ノルウェー

ノルウェーでの3週間が終わり、明日ベルギーに帰る。帰ったらたくさんやることがある。主に椅子に座って机に向かって、実際に論文に集中することが、主にやること。まーその他でもボロボロ出てきた場合はそれらもこなすことがやること。ノルウェーにいた3週間でデータを取ることができ、そのデータ起こしをした。残りはインターンで体力を全部使った。明日から3月終わるまでにデータをある程度分析して、それらを結論付けるための、フレームワークを終わらせる事を目標とする。4月に入れば、実際の書き書きの部分で前進させたい。まー何とかなるでしょ。

2012年3月9日金曜日

2012年3月7日水曜日

旅嫌い

家族がベルギーに来て3週間少したった。1ヶ月もたたないうちに、俺はノルウェーに3週間くらい滞在し、家族はフランスで同期間過ごす。その後家族は引き続き1、2週間向こうで過ごす。結果1ヶ月から1ヶ月半くらい別々の生活が再会する。もう旅は嫌だ。

家のそばのバス停でバスを待っていた。空港に着くには十分に時間を持たせて出てきたけれども、ここは外国。特にフランスやベルギーは何が起こるかわからない。住んでいてもここ文化になれきれない。電車が平気で遅れる国は性に合わない。1、2時間程度の余裕は時によって十分ではない。それくらいの余裕を持って出てきたけれど、最初からつまずきそうになった。バスが来ない。ここまで遅れると予定していた電車に乗ることができない。だとすると、予定していた乗り継ぎが不可能になり、予定していたバスで空港まで行けない。負の連鎖。時計を見てバスが10分くらいたっても来ないのを確認し、とっさに走り出した。気づけば結構走っていて、でも駅までの距離はたくさんあって、途中のバス停で違うバスにのり、無事にルーベン駅に着いた。

ブリュッセルからシャルルロワ南駅までの間、間違って1号車に乗ってしまいその分超過料金を5ユーロくらい取られた。そんなの知らないし、勘弁して欲しい。あと、シャルルロワ空港で手荷物が1つ多くて、一つにまとめるのに一苦労した。いつもはバックパックとパソコンバックで、パソコンバックは別でも何も言われたことなかったけど、ここベルギーのシャルルロワ空港は結構面倒臭く言ってきた。結局スキージャケットを着ていたので、そのポケットにたくさん詰め込んで空間を作り、荷物は一つにまとめた。無事通過し、免税店で買い物をすれば、その袋にある程度荷物を移せると思い、ビールをロブの土産に買ったものの、思いっきりシールされて、中にはアクセスできない状態。もう旅は嫌だ。

家族で一緒に過ごして、うまいモノ作ったり、地元の街をぶらついたり、公園行ったりするのがいい。昔エリックが遠征をしたがらなかったけれど、その理由がわかる。でも今現在エリックは家族から離れたくてしょうがないような感じもするけど。早く3月が終わり4月になることを夢見ている。

2012年3月6日火曜日

ノルウェー

明日から約1ヶ月ノルウェー。データ取ったりインターンの残りやったりしてくる。その間家族はフランスに戻る。1ヶ月会えないのは辛いけど、ここを乗り切ればだいぶん見通しが付く。まだまだ見通しを付けなければならないことが一杯あるけど、それはことある事に付けていく。

2012年2月28日火曜日

閏年

昨日はスカイプインタビューの予定でコロラド時間の午後5時、つまりこっちの朝1時まで起きて待っていたけれど、今晩に延期になった。それはいいんだけど、そのおかげで今日28日は午後5時までエンジンがかからなかった。2月も終わってしまったと思っていたけれど、なんと今年は閏年。明日があるじゃないか。まだ2月ですよ。助かった。3月は2週目くらいから月末までノルウェーにデータ取りやインターンしに行かなきゃいけないから、1週目はその準備に追われるだろう。2月があと1日あってホッとしている。はぁー風呂でも入ってインタビューに備えよう。

2012年2月22日水曜日

ドリフのいい湯だな

ドリフターズが歌っているいい湯だなの歌詞に、「ババンババンバンバン」、で「アービバノンノン」ってある。調べたらアービバノンノンはイタリア語のかけ声らしいけど、バンはフランス語でお風呂って意味らしい。仏語とイタリア語は近いからイタリア語でも同じかもしれないけど。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1128221391

2012年2月18日土曜日

家族と修士論文と

家族が来てもう5日が過ぎた。毎日あっという間。楽しい。疲れて勉強する感じになれない日もある。でもいい。できる時に精一杯やって、できないときは潔く休む。



2012年2月8日水曜日

everyday different

I feel everyday is different. sometimes you have energy in the morning and sometimes you have energy in the afternoon. sometimes you are focused all day long and sometimes you are out of mind all day long. everyday is different. even there are differences, you don't wanna miss the sweet spot of the day otherwise the day was not productive for you. one attempt to avoid missing the sweet spot is to have structure in your life and keep consistency with it. a lot of people and professionals recommend this. you might not get the sweetest spot each time, or maybe you do, but you get the best out of it in a long run.

2012年2月2日木曜日

修士論文(終始論文)

追い込み。毎日起きてすぐ机に向かっている。たまに休憩して、そして机に向かう。外に行きたいけど少し休憩して机に向かう。終始論文。

2012年2月1日水曜日

アダプテッドスポーツとそのコーチング

修士論文の序論や問題提起などを急ピッチで進めている。でふと思った。なぜパラリンピックを含めた身体障害スポーツ競技において、健常者のコーチが圧倒的に多いのだろうと。まーいい。メモ程度に書いただけ。でもこういうメモ程度の事が後にもっと大きな問題を解くための重要なカギになることもある。から書いた。でも書いたことすらも忘れるかも知れんが。

2012年1月31日火曜日

P90X

フィットネスビデオでP90Xがある。マッスルコンフュージョンをコアコンセプトに90日間でムキムキになるやつ。先日ebay.fr で50ユーロ(70ドルくらい)で売っていたので買った。先ほど初めてビデオに沿ってワークアウトをした結果、気持ち悪くなり吐いた。今日はチョコレートやその他間食をたくさんしたからそのツケが来た。正しい食事の大切さを実感させてくれる。またインストラクターのトニーは少しおかまっぽいけど、かなり凄い。とくに彼の合い言葉が気に入っている。「Do your best and forget about the rest」。これはおいらの修士論文の追い込みのスローガンとなるだろう。このワークアウトと修士論文を重ねて成功させたい。

2012年1月30日月曜日

初投稿

マコに校正など協力してもらい、日本の障害者スポーツのジャーナルに初投稿した。している過程。研究とは関係がない内容だけど、研究者としての初めての仕事。掲載されることを願い、これをきっかけに英語でも日本語でも書く喜びと書く責任感みたいなのを感じて、どんどん書いていきたい。

2012年1月29日日曜日

引越ほぼ完了。そして。

昨日ベルギーに家具等全部移した。私の運転免許が期限切れで無効なため、嫁の親父が運転してくれた。親父、嫁、私の3人で引越完了させた。部屋はモノであふれ、整理するのに結構かかった。家族は2月の2週目くらいに移れればと思っている。私はそれまでベルギーで単独行動のため、そこで修論を一気に仕上げる。この2週間で修論終わらすわ。

2012年1月27日金曜日

前々の前の前くらい。

修論に関して教官選び失敗した。前々の前の前くらいから気になっていたけれど、いつか状況が逆転するだろうと過信していた。いつかピカイチの指導や何か出てくると思っていた。なぜなら彼がここまで指導してくれたことはほぼゼロに近い。だから何か凄いの出てくると思っていた。しかし、今回、自分の教官選びに失敗したことを公式に認めます。何も出てこない。例えば帽子を取ったら鳩が出てくるとかそういったこと。公言しないと居ても立ってもいられないし、失敗と自分が認識しないと、いつまでもズルズル行って、修論が台無しになる。これはまずい。失敗した。これからは自分が教官でやります。期間は残り4ヶ月。

引越

今日レンタカーでバン借りて、週末でベルギーまで荷物だけ運んじゃう予定。1週間ほどフランスにいたんだけど、その間夜な夜な、あるいはスーパー早朝に日本のジャーナル投稿用に原稿書いたり、マコに校正お願いしたり、勿論1日中家族で過ごしたり(主に虎)、大変だった。まだ終わってないけれど、最後の2日間は仮眠を取らないと夜な夜な書けなかったり、朝起きられなかったりした。




2012年1月21日土曜日

2つのブレイン

マコに学術誌の投稿用のテキストの校正をお願いしている。で、返事の中で面白い事を言っていた。「すまん、ちょっと苦戦している。やっぱり文章がアメリカ英語を直訳しているようで、直しが多い」 これには様々な解釈ができよう。主観的には、俺がアメリカ英語やアメリカ英語で文章が書けるというのが1つ。その結果褒められた気になるのが1つ。マコが言ったことから、試そうと思うことが1つ。それは、日本の文章と英語の文書をまぜない。頭の中でまぜない。別々のものとして、脳の別々の部分で作業する。具体的に言うと英語の感じで思いついた事を日本語の文章にしない。逆も然り。これはなかなか高度な技だ。日本の文章と英語の文章を書くにあたり脳みそが刺激されて相乗効果をもたらすかも知れないし。sonna kanji.

2012年1月18日水曜日

パラレルワールド

ベルギーはルーベンに戻ってきた。格安航空会社専用のシャールロワ空港を利用した。これはベルギー南部のフランス語地帯に位置している。そういえばベルギーのメインの空港には行ったこと何度かあるけど、ベルギーに飛んだのは初めてだ。着陸の時や電車の窓から見た赤茶けた緑色の平野と平原はフランスのそれとよく似ていた。さすが陸続き。緑に冬の太陽の光が反射するとそんな色になる。空港の外に出ると、もうみんなタバコ吸いたくて吸いたくて。バス待っている間結構煙かった。ノルウェーもタバコ吸う人いるけど、こっちと比べると比較にならないくらい少ないと思う。でも大抵の人はかみタバコをたしなんでいる。バスに乗って鉄道シャールロワ南駅まで。でそこからブリュッセル北駅で乗り換えて、ルーベンまで。個人的な意見として、こっちの鉄道のデザインやクリーンネス感は夢がない。古びた鉄くずにしか見えない。これはTGVやTalisも一緒。フランスもそうだけど、こっちは古い車両も平気で使う傾向にあり、また外見も汚い車両が多いことがある。車内はそれでも快適な場合と、本当に古くて勘弁してほしい場合に分かれる。で話は戻して、車内放送は最初は慣れないフランス語のみで(嫁のフランス語とは違う)北に行くにしたがいブリュッセルあたりから、フランス語とオランダ語、でさらに行くにしたがって、オランダ語とフランス語。面白いと思ったのは車内の電光掲示板。フランス語圏ではフランス語表示のみ。で、オランダ語圏に入ると、フランス語表示は2番目に出てくるんだけど、フランス語圏内の表現方法とは違った。確かフランス語圏では「now arriving atホニャララ駅」って表現で、到着前に表示されるんだけど、オランダ語圏のフランス語表示では「the next station is ホニャララ駅」って感じで違った。これは面白い。ちなみに、これらはSNCBっていう1つの鉄道会社です。ルーベンに着くと今まで使ったこともないバスを乗りこなし、部屋のカギをもらい、さらにバスを乗りこなし部屋についた。場所は去年の部屋と同じアパート群の一角なんだけど、去年のビルの向えに位置していて、道路に面している側の部屋。5階。

前置きは長々と、ついに本題に入ろうか。ベルギー移住は去年の11月末まで想像したこともなかったし、想定外だった。で1ヶ月半もたたないうちに、実際今自分がベルギーに戻ってきたことについて、いかに自分の考えや想像しうる世界ってのが、ある枠組み内のみで行われているか、ってのが思い知らされる。これはいい部分でもあるし、それこそが弱点であるとも言える。枠組みなしではちゃらんぽらんになってしまう。でもその枠組みこそが、外す頻度とタイミングを失った時に、自分を限定してしまう最高の原因になるということ。でも枠組みを自分でコントロールするってのはかなり年期のいる技に違いない。今回は自分じゃなく、お釈迦様の一撃。何だかお釈迦様みたいな想像上の大きな人が、カジノのディーラーが使う金集め棒みたいなやつで、俺をカジノテーブルの端に押し出したみたいな。まー見方によってはお釈迦様側に引き寄せた、みたいな(これはカジノではその駆け引きで買ったか、負けたかによる。つまり俺はカジノのチップみたいな感じの例え)でそこには時間軸があるから、川下り、あるいはテトリスみたいに、違う位置で再度時を進めていくみたいな。これはまさにパラレルワールド。そこに存在していたモノが、一瞬にして、隣の世界へ。パラレルワールドはあり得る。と思う。ただ、今のところ別場所にての同時進行はあり得ない模様。

最後に感想。2010年や11年は、ベルギーはフランスと比べて多少物価が高いとずっと思っていたけど、現在ノルウェーから引っ越してきて、その安さを実感している。例えば街でバゲットのサンドイッチを買うとしたら、ベルギーは3から5ユーロでノルウェーは7から8ユーロ。格段に高い。買い物はいちいち合計して1.5倍くらいは高かったな。今日はそれだけ。

2012年1月16日月曜日

引越等

明日の早朝部屋を出る。でベルギーへ。今日と明日はいろいろやることあるぞ。

あと岩見沢。40数年ぶりに大雪があったらしいけど、平らなのがとても残念。
留寿都くらいの山隆起してこないかね。

ところで今日は寝ずでやることにした。普通に飛ぶ場合は別にあれだけど、今回は部屋を出る訳で、寝るに寝られん。というのも今のところ荷物が規定内に収まらない。これは困った。普通の航空会社なら、まー荷物1個増やしても欧州内なら8000円前後だけど(今回はスーツケースが尽きたから完全にお手上げ)、格安航空会社は予約外の超過荷物に非常に敏感で、1キロ単位でかなり取られると聞いている。だから部屋を出て行く段階でかなり削らなくてはならない。ナイナイのオールナイトをyoutubeで聞きながらやりたいんだけど、ラジオに集中してしまい、なかなか進まない。そうやってやっているうちに眠たくなってきた。これで寝てしまい飛行機逃したらそれこそ大変な事になる。部屋を出るまで3時間を切ったので、寝るのは一番してはいけないことになってきた。コーヒーも効き目が悪いくらい少し眠くなってきたぞ。どうなることやら。

2012年1月12日木曜日

運動

ノルウェー戻ってきてからあんまり体を動かしていない。外に出るのがおっくうになってきたと思う。外気は例年に比べれば何ともないし、コロラドとかに比べても何ともないけれど、去年のベルギーもあったし、あんまり冬には興味なくなってしまったかもしれん。スキーレースはチャンスがあれば見てるけど。ずっと部屋の中にいて、本読んだりモノ書いたりしてるし、そういったことに集中したいからジムに行って出力するってのがイマイチ疲れとなってマイナスになるんでは、と。ポーラーもフランスに置いてきてしまったし、イマイチトレーニングしても何やってるのかわからんくなる。まーベルギー戻ったらもう一度体力作り直し。気持ち入れ直し。

2012年1月9日月曜日

For me to read.

And if Tokyo was no longer the capital of Japan? Described as extravagant a few years ago, the project to move the capital is now taken very seriously by the entire political class Japanese. According to a survey by the Nihon Keizai daily, three-quarters of Japanese would support this idea, which regularly arises in public debate but has been ruled out so far, no consensus.

The earthquake in Kobe in January 1995 (over 5000 dead) has tragically given the project to the agenda. Tokyo, which concentrates quarter of the population of the archipelago, is built close to one of the areas with highest seismic risk in the world. And 30 million people that has the city live in fear of a repetition of the great earthquake of 1923 destroyed the town and made 140,000 dead. At the urging of the government commission for the relocation of the capital in December presented a report which, for the first time, sets the main criteria of the new site: the future capital should be located within 60 to 300 km the center of Tokyo, in a relatively sparsely populated area, less than forty minutes to an international airport. At least 9,000 hectares must be available for construction. Finally, the selected region will be rich in water (a major problem in Tokyo) and, of course, located in an area where the risk of major earthquake is limited.

As early as 2011. The report calls for the transfer to the new capital of the main centers of political and administrative decision: the Diet, the Prime Minister's residence, the ministries and the Supreme Court, Tokyo remains the economic and cultural capital of Japan. A timetable has even been established. Site selection must be made by the "end of 1997 was then put to a vote of Parliament. If green light parliamentary work could start in 2001, the report said. And if on schedule, the inaugural session of the Diet in the new capital could be held in spring 2011.

That, at least, the project as it exists on paper. But the ball is now in the policy. The Diet has passed a law calling for the need for such relocation and set up a commission to select the site. However, the approach of the end of the parliamentary session June 19, opponents of the project (mostly elected from the capital) are resisting. Not without success: the parties of the ruling coalition (LDP, PSD, Sagigake), yet benefiting from the outstanding support of the first opposition party, the Shinshinto, have not yet determined the date of submission of the bill in the House ... Clearly, if a majority of the political class supports the idea, move on to practical work is another story.

All powers concentrated. Tokyo, literally "eastern capital" is a misnomer. Is the capital of Japan, it was perhaps when calling Edo, it was the seat of the shogunate government, while Kyoto, the "capital city", home to the residence of the emperor. But since the Meiji Restoration (1868), the emperor moved his residence at the castle of the shogun Tokyo Takugawa. Since then, the city focused absolutely all power: political, administrative, economic and cultural. Its population, its share in national industrial production or the number of companies that have set up their headquarters in Tokyo give a crushing burden complained of by the other cities of the country. Starting with its rival Osaka, the capital of a region, Kansas, a strong tradition of trade and industry. Since the beginning of the century, he is regularly subject to devolve power to break the hegemony of the capital, which in the late nineteenth century, was probably the largest city in the world with a population exceeding one million inhabitants .

At the National territory, lead counsel for the change of capital, the emphasis is on all the right reasons the project: overcrowding, high costs of land and rents, housing shortages, saturation of transport ...

"This step is necessary so that Tokyoites find a better quality of life, says Keijiro Murata, MP and chairman of the LDP parliamentary group of the file. Since the bursting of the bubble, the city was gutted by elevated expressways who massacre the landscape. "But the chosen primarily sees a chance to accelerate the deregulation of the economy and give more powers to local local. "Since the period of U.S. occupation after 1945, remained entrenched habit of taking all important decisions, even in terms of business in the capital," said Yoshinosuke Yasoshima, president of Teikyo Heisei University and a member of the government commission for the relocation of the capital. At Keidanren, the Japanese employers' organization, it also believes that "this project is an unexpected opportunity to stretch the too closely tied to the state and the private sector. As the United States, the economic and political spheres will be more clearly separated. " For the business community, the project is obviously a boon: the cost of operation is estimated at 14,000 billion yen (700 billion dollars) over ten years, or 3% of GNP.

A capital in 700 years. The project does not yet unanimous. "Centralization was the engine of the economy, it would be a gross error to challenge the system," politicians are the Tokyo area. At the town hall, it calls into question the value of the transaction in terms of devolution, "If, as expected, 600,000 people actually leave Tokyo, this is not what will solve the problem of overpopulation." Finally the opponents of the project speak for a bill well above the figure announced. "It would be more useful to spend the money to build earthquake-resistant measures even in Tokyo," said the mayor of the capital, Yukio Aoshima.

However, some want to see in this proposed new capital the sign of a deeper change. "On average, Japan has changed its capital every seven hundred years, says Professor Yasoshima. However, these changes always correspond to key periods of Japanese history. Today the country needs a new lease of life, a social project for the next century. Change Capital is a beautiful symbol. "


http://www.liberation.fr/monde/0101183811-le-japon-se-cherche-une-capitaleune-ville-nouvelle-pourrait-remplacer-tokyo-trop-expose-a-l-activite-sismique

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2012年1月8日日曜日

2012年

2012年が明けました。みなさん今年もどうぞ宜しくお願いします。

光希の鼻水が年末から年始にかけて酷くなった。寝てるときに呼吸が苦しくて息が止まりそうな時もあったので、元旦に病院へ行ったところ入院。元旦は嫁が泊まり、2日と3日は俺が泊まり4日は嫁が泊まりでやっと5日に退院。特に病状とかはなかった様子だけど、とりあえず退院できてよかった。自分は7日にオスロに戻ってきて、二晩目をむかえようとしている。オスロ滞在は17日までで、アパートも引き払う。この10日間で勉強を進めたり部屋を片付けたりしてベルギーに飛ぶ。

2011年12月30日金曜日

2011年

今年もいろいろあった。まず光希が生まれた事。彼女が健康で幸せに成長できるように家族のリーダーとして早くリーダーのポジションに戻れるように努力する。あと地震とそれ関連の原子力問題。これは参った。日本で仕事探す予定で院に来たけれど、何だか敬遠せざるを得ないというか、様子を見ないといけない感じになっている。あと自分のところの家族問題。これは参った。向こうの親からの迫害が酷い。特にバーさん。日本昔話の意地悪バーさんそのもの。あるいはヨーロッパ童話の魔女。

大晦日や元旦はまーあるかもしれないけれど、正月っていう概念がこっちにはないので、今年も淡々と新年を迎え、平常の生活に戻っていくんだろうと予想している。日本の正月が懐かしい。新年を祝う風習と心構え。

2012年はますます勉強と家族とそれらの両立、レベルアップに励む。第一に家族が健康でありますように。第一に自分の近い将来から将来が安定した物でありますように。第一に家族が安定した環境で暮らせますように。第一にいつか日本に帰れますように。

2011年12月17日土曜日

虎喋りまくり



ちなみに「タター」はトラクターの略で車の事。「シャ」はフランス語でネコの事。

2011年12月15日木曜日

Phdやりたい

実習も明日を残すのみ。明日の夕方にはバスでオスロに向けて出発。長いようで非常に短かった3週間。でもこの体力勝負の仕事を毎日するってのはどうかな。まウィンターパークよりは体力使ってないけれどね。それにしてもphdしたいな。phdって仕事なんだな。金貰って勉強するわけだ。責任重大だ。でもまだどこでどのようにしてやるかとか全然決まってない。この世界の仕組みがよくわからない。

2011年12月2日金曜日

勝者に送る拍手

現在実習まっただ中。その間エッセイもあって、夜も寝れんかったばい。今はまーどちらかというと1段落付いて、日曜くらいは自由にできる感じはある。

さてさてスキーシーズンは始まらなきゃいけないんだけど、ヨーロッパの雪不足はかなり深刻で、11月予定のフィンランドの大会や12月半ば予定のフランスの大会がキャンセルになった(健常者のワールドカップね)。アルプスも標高の高い山にゴンドラ乗り継いでいかないと滑れるところまでたどり着かない模様。実習できている街Beitostolenも一応スキー場があって、少しは知れた場所なんだけどもまだ雪が満足にない。オスロも含めてこの時期の気温は-10℃から-20℃まで下がるんだけど、今年はいまだにプラスとマイナスの中間くらいを右往左往している。

ロッキー山脈はコロラドを始めカナダなど雪は順調らしい。だから急遽キャンセルされたフランスの大会が来週にコロラドで行われることになった。今日は元々予定されていたダウンヒルがあって、ヨーロッパ時間だと午後7時から放送があったので見た。全員滑り終わるまで勝者はわからないけど(トップ30の選手が滑り終えた時点で99.9パーセントわかってるけど)、暫定首位の選手はお立ち台みたいなところで他の選手が滑り終わるまで待つんだけど、その光景が素晴らしい。スポーツマンシップというか。例えば1位でずっと来てて、もう少しのところで誰かに抜かれる。悔しい。でもほぼ全員は相手をたたえて拍手を送ったりってのが自然に出てくる。日本でスポーツして育って、負けたときに悔しさを見せて、泣くってのがいいことで、泣かないとダメ、みたいな文化があった。でも勝者に心から拍手を送るみたいな教育は受けなかった(一応試合の最後に握手したり整列して礼したけど、それらは形式ばっかり)。どんなレベルでも、周りから見られてなくてもそういった心境になれる人は結果強いと思う。こういった風習が民族の特性だとか歴史が違うなど、そんな事はどうでもいいと思っている。ただ現象的なレベルで、選手のレベルを問わず、また活躍の場の国内海外に関わらず、そういった文化がもっと日本(人)のスポーツに見れたないいなとは思う。見てて気持ちいい。

ちなみに甲子園で見られる試合前後の整列、あれもまーそういうことだと思うけど、少し強制感があるね。自然発生的じゃない。また形式が一人走りして意味を伴わなくなると、本当に意味がなくなるからその辺が問題だ。

2011年11月22日火曜日

寝れん

10日ぶりくらいにジムに行った。体が興奮して寝れん。

2011年11月20日日曜日

A blog post from Ted Ligety. FIS

11 | 20 | 2011 Tyranny of FIS

FIS’s tyranny has gone on long enough. It seems FIS is going out of their way to ruin the sport. FIS runs a dictatorship. They demand absolute control then try to butter their will in a fake cloak of benevolence. Athletes, SRS (Association of Ski Racing Suppliers and NGBs (national governing bodies) are completely impotent in their ability to create positive change in our sport or to stand against rules FIS imposes.

I feel like I might be beating a dead horse on this subject but it is paramount for the future on ski racing. The new rules imposed on ski regulations can’t go through in their current state. They will eventually ruin this sport. As most people already know FIS is imposing new ski regulations that turn back the clock on the evolution of this sport. Giant Slalom has been unfairly targeted. Current rules are >27 meters radius (more sidecut) and minimum length of 185cm, new rules will be >35 meters radius (straight skis from 80’s) and minimum of 195cm. (I currently race on 29-meter radius, 191cm in length skis.) FIS has put together a study that has recorded injuries from 2006-2011. A time frame for which did not allow for any correlations to build between injuries and eras in equipment. We’d need the same info dating back to the early 80’s to see any injury to equipment correlations, not the last 5 years. In FIS’S study they say 36 skiers were “severely” (out for 28 days or longer) injured in downhill, 9 in Super G, 16 in GS and 11 in slalom. They didn’t not take into account that GS is the most skied event, everyone from downhillers to slalom skiers train GS. There are probably 200 GS runs skied for a single downhill run skied and in races there are 2 runs in GS as opposed to one in downhill. Without even doing math it is obvious that the injuries per run in GS are far less then downhill. This begs the obvious question that goes unanswered; why was GS targeted?

On the World Cup it is pretty rare when the vast majority of the athletes agree on anything. The ski regulations, particularly in GS have brought together the athletes like never before 41 out of the top 50 men signed a petition against the rules and in Soelden 15 of the top 20 men in GS (Austrians didn’t come) met to discuss the rules. (It should be noted that only 2 racers have advocated for the rules; Hannes Reichelt and Benjamin Raich along with one Ski Company Amer Sports or also known as Atomic and Salomon.) In which we all opposed the imposed ski regulations and agreed that the ultimate goal was to eliminate FIS from equipment regulation. As athletes we have the greatest incentive to be safe and healthy. We all know how short our careers can be and very few of us are compensated for the risks we take. Therefore, we currently and in the future choose equipment that not only allows us the ability to be fast but to make it to the finish line safely. I have on many occasions chosen skis that were slower but had better control instead of faster and uncontrollable skis. The equipment companies are highly incentivized to keep their athletes healthy as well. They have far more invested in us then FIS and NGBs so they want to protect us as their asset. FIS has shown that they don’t value athletes, as seen in this instance in their complete disregard for our input. FIS’s study was based around 2 on snow sessions with several Europa Cup skiers. Suffice to say that is not nearly enough data to come up with such dramatic conclusions. With just those two tests and with no input from athletes or coaches they pushed the rule though so that there was no opportunity to debate the proposals. The athletes, SRS and the coaches protested and have since proposed a World Cup test where the top 15 athletes would test the new equipment on a World Cup slope but FIS denied this opportunity to evaluation their hypothesis. Proof that FIS has little confidence that their research will hold up under further testing. FIS’s only goal it seems is to look like they are being proactive safety wise though they won’t bare the brunt of the consequences when they don’t work. By making these rules they can say they tried and that may somehow elevate them of any liability.

FIS has already shown their incompetence in coming up with safer rules in the past. In 2007 they made a rule that made the skis wider which made the skis more aggressive which may have led to injuries by extending the lever arm thus putting more force on the knee. The new rules will make the sport more not less dangerous. Not only did FIS’s study say that there was no statistical difference in force between current skis and new skis but they didn’t measure the torque that will be needed to twist the ski around in a clean manner. Thus creating a larger force on one’s knee. The law of unintended consequences will kick in and most likely create more injuries. The latest generation of World Cup racers has never skied on straight skis so these new skis will be completely foreign (less controllable), making them/us get into awkward body positions and ski in a “jumpy” manner so that we can create enough force to turn them. We will also take a straighter line in which we will slide the top of the turn then hit the edge hard, creating a higher peak force (mostly centered around the bottom of the turn where force is highest already), while leaning back to get the radius needed, since the sidecut in the tip will not allow the ski to turn in a forward/centered body position. Outside of the injuries this type of skiing will create by creating a higher sheering force on the knee (commonly associated with ACL tears), it will also cause greater fatigue, which is one of the leading injury causes. The ski industry has produced many studies tracking millions of skier visits over the last 30+ years in which they have found the advent of sidecut has juristically reduced injuries (mainly to the knee). I’m more inclined to believe a study that has tracked millions of skiers over 30+ years then a study in which testing was concluded in 2 days with less then 10 athletes. Injuries happen when the athletes are taken out of their comfort zone and we will not be in our comfort zone with these skis.

So how will this ruin the sport? The new skis will make skiing at the World Cup level less enjoyable to watch and perhaps more importantly far less enjoyable to participate in while making it more dangerous. Arcing clean turns is a joy everyone racing now days can enjoy. That feeling will be gone. First World Cup athletes will suffer this fate then in a couple years when the rules become FIS wide 15 year old kids will have to turn in their “old” carving skis for long straight skis. This will give the big kids an even bigger advantage and will drive kids out of ski racing; into freesking or the copious amount of other sports kids have available to them. Another way it will ruin the sport is the economically side. Ski racing is to ski technology as Formula 1 is to car technology. This new rule will take that away from ski racing since anyone will be able to buy better skis in a store then we race on. Why would ski companies stay in racing if it were no longer driving technology and sales? Ski companies are the main financial supporters of this sport; the athletes make the majority of their income for their ski companies and the amount equipment built for World Cup skiers is astronomical. If the athletes are no longer driving R&D and sales, the companies will eventually pull their support. Most athletes struggle to make a living at this sport already and without the support of the ski companies most won’t be able to afford to continue racing. And there goes the sport of ski racing.

FIS’s tyranny doesn’t just cover ski regulations but all sponsorships too, from the size of your headgear sponsor to the speed suit to the logo on your goggles. I am particularly concerned about the goggle logo issue for the obvious reason that I own a goggle/helmet company; Shred. FIS has long had a rule that the logo on the goggle strap could not be larger than 15 square centimeters. The rule has been ignored for just as long as it’s been around and for good reason, you can’t read a 15 square cm logo on someone travelling at speed and it was never enforced. This fall, out of the blue FIS decided they were going to enforce this rule, for seemingly no reason. Enforcement now is apparently, first a warning followed by not being allowed to start the race on the second offense. Most logos currently are 40-50 square centimeters. There is no point sponsoring a ski racer let alone start a company based around ski racing when one’s logo is too small to be noticeable. This hurts small companies like mine the most since it greatly takes away Shred’s ability to get valuable impressions to break through. Outside of this rule’s enforcement being a bad idea, it was not made known to companies early enough so they could put together the logistics to comply or what will likely happen in the future, decide their marketing budget is better spent else where. Which gets me to the greater point of FIS seemingly trying to drain the pockets of the athletes, since a large portion of athletes’ income is derived from helmet/goggle companies. I would think it would be in the sports, therefore FIS’s best interest to create value for not only FIS’s sponsors but also the sponsors that allow the athletes to compete at a high level.

Not only will FIS not listen to rejections from SRS and NGB’s on the ski regulations and logo issues as a show of complete power. It wants to fine athletes for speaking out against FIS. I was threatened several years ago for wearing a “FIS SUCKS” sticker on the back of my helmet. (I was 2 minutes late to a pre bid draw meeting and forced to start 45 while I was leading the standings hence the sticker.) I was told that a similar action would result in a 5000 CHF fine. Most recently word is that FIS is thinking about suing Jon Olsson for his choice comments he made on his blog about the ski regulations and posting “FIS SUCKS” logo on his site. At the most recent FIS meeting they discussed punishments for athletes speaking out against them. I quote an excerpt from that meeting, “The Council agreed to develop a “Code” to deal with cases of improper behavior that fall outside the competence of the competition jury to augment the existing rules, such as blasphemy on social networking sites or bringing the sport into disrepute.” Who would have thought that being a ski racer you lose your right to free speech.

One would think there would be some discourse to combat these atrocities but there is not at this point. Apparently Bill Marolt; the President of USSA and Vice President of FIS doesn’t even have the ability to bring these subjects up for discussion, let alone reversed or revised. The athletes to this point have had zero representation in the decisions FIS makes. When we hear of FIS’s decisions and we disagree we are ignored as shown in Soelden. Faceless committees make these decisions, and once the mandates are passed down their ego doesn’t allow them to admit wrong and reverse rules that are so obviously wrong. Unfortunately for alpine ski racing FIS monopolizes the sport so any and all changes will be hard fought or take FIS vastly rethinking their position in how the sport processes or more likely regresses. Perhaps it’s time to unionize the athletes or start an alternative tour. (An athlete union is now developing but it remains to be seen how effective it will be.) This should serve as warning for sports like freeride skiing and snowboarding, don’t let FIS monopolize your sport. FIS will bleed your sport dry of what has made it so cool.

Ted Ligety

PS Feel free to repost this anywhere and everywhere.

2011年11月12日土曜日

週末ひとっ飛び

土曜の朝方3時になるけど、興奮して寝れん。今日は朝6時起きで10時発の飛行機でフランスに2泊3日で戻ります。こんな短期間で行ったり来たりすることは珍しいんだけど、授業もあるし(近頃出された課題の多さに圧倒されている)あまり向こうの親にも迷惑かけたくないから。でもやはりチャンスがある時は少しでも顔見たいし。でももう寝た方がいいな。寝坊したら大変だから。

2011年11月6日日曜日

リカバリーレベル

先週からストレスたまっていた。まずは睡眠不足の最大原因であった近所の学生の音楽から始まり、嫁の実家における向こうの両親との関係の不具合加減など。そんなことが1週間以上続いて、ふとそれらのストレス条件がなくなったり軽減したりすると、一気にリカバリーモードになった。つまり今週末はゆっくり体調回復などに使うことができた。リカバリーやオフっていっても程度があるから、一応今後の指標にするためにレベルを5段階設定してみた。今日はレベル5。昨日はレベル3。明日から平日はばっちりあげていく。

レベル5(最も何もしなかった):外出もせずずっと家の中にいた。仮眠や昼寝をした。頭脳的作業は1時間以内に留まった。
レベル4(だらだらした):買い物等、外出は一度以上した。頭脳的作業は1時間以上はした。仮眠を取った。
レベル3(アクティブリカバリー):有酸素やストレッチ目的でジムに行った。満足できる程度の頭脳的作業をした。
レベル2(アクティブブレイン):有酸素やその他目的でジムに行った。頭脳的作業に時間を割いた。
レベル1(アクティブライフ、ブレイン);有酸素やその他目的でジムに行った(リカバリーの域を超えてはならない)。頭脳的作業に時間を割いた。買い物やその他、1日を通してある程度やることがあった。
レベル0(普通):ジムがリカバリー目的以上の時。

2011年10月30日日曜日

スキー

Attack of La Niña Teaser from Shelby Meinzer on Vimeo.

寝れん。

寝れん。今朝3時回ったところ。困った。勘弁して欲しい。

永遠に

2011年10月29日土曜日

2011年10月26日水曜日

2011年10月25日火曜日

じれったい思い

向こうの家族も面倒見てくれてるだけあって、態度が少し面倒臭くなってきた。ただ以前からも事あるごとに金を渡そうと試みているんだけど、俺が渡すと受け取らない。そのくせ俺の金の使い方にケチを付ける(例えばカメラレンズとか物を郵便で送るときとか)。光希が生まれてからは嫁に毎月渡してもらうように決めた。ノルウェーは物価が高くて結構きつくなるかもしれないけど、そのぶん遊んだりは全くしていないからやっていけると思う。早くこの一年が終わって家族を引き取れるようにしたい。そういった意味では結構大変だ。

でも俺の毎日の生活は逆に、向こうの親が描写しているように、とてもゆったりとした、フレキシブルな生活を送っている。クラスだって週2コマくらいで、余り余った時間でジムにいったりしている。勿論勉強はするけど、一日3時間もすれば満足。残りの時間はyoutubeしたり、カメラのレンズについて調べたりしている。特にフランスから帰ってきてからは少し停滞気味だ。まーいつかはばっちり上げて行かなきゃならないけど。

2011年10月22日土曜日

大丈夫か?

仏で形にならなかった(勿論手は付けた)論文のイントロや方法論等に向かい始めた。なかなか進まない。箸が進まなかったことはまずないけれど、ペンやタイプは全く進まないね。と言うわけで、今日は自分が研究者(大学教官)として向いているところ、向いていないところを一気に挙げてみようと思う。

まず向いていないと思うところから
・文法的に間違いなく物が書けない ・理論的に物が書けない ・机に向かうのが好きじゃない ・英語での読み書きが苦手 ・思考するのが常じゃない

で次に向いていると思うことは
・学生に生の情報や体験を伝えることができる ・実体験(実習など)を俺の手で作り上げたり手伝ったりできる ・NSCDなどの機関とバッチリコネがある ・その他海外機関や人物とコネがある ・理論も実践も両方体験済み ・現場の人として現役である

など。読み書きや理論って才能も関わるし、育ちも関わるから。俺は理論的に育った訳じゃないし、どちらかというと感覚派だから。これからも感覚派で行こうかな。もう理論派は疲れて来た。もっとスキーのコースセットのように、リズムでポンポンポンとやって、リズムを変えてまたポンポンポンと、オーソドックス過ぎず、派手過ぎず、状況とレベルに合った、またその中で自分の色を出した、出せるようにならないかな。

2011年10月18日火曜日

オスロ戻ってきた

オスロ戻ってきた。カゼ引いてるためか、やっぱり寒くなっているのか、寒気が増えている気がする。カゼ引かないように頑張る。

2011年10月17日月曜日

オスロ

今日嫁が退院して実家に帰ってきたんだけど、俺は明日オスロに向けて出発。これ以上学校休めない。しょうがない。帰ったら質素な生活を再開する。体も絞りたい、勉強もたくさんしたい、ノルウェーの障害者スキーに貢献したい。いろいろやることある。

2011年10月15日土曜日

光希誕生

光希が14日の朝5:45に生まれた。陣痛剤は前日の3時頃打ってそこからだから軽く14時間くらいの最終決戦。嫁の戦いぶりは凄かった。勿論その他の9ヶ月も凄かった訳だけど、最後の生まれた後の嫁の笑顔ときたら凄いね。あれは女じゃないとできない。感謝感謝です。

娘ができて、あるいは2人目の子どもってこともあって、父親としての責任感がグッと増えた。これからも父親としてしっかりやっていきたい。


2011年10月12日水曜日

早く終われ

ここのフランスの家にお世話になってもう2週間以上がたつ。来週火曜に戻る予定だから3週間以上お世話になる予定だけど、もうここの家族が面倒臭くてたまらない。親父もあれだしお母さんもあれ。早く院終わってここの家を離れ、同時に嫁と虎と暮らしたい。小さい家で二世帯が住むのは問題が多すぎる。もう疲れた。

2011年10月9日日曜日

オスロは雪

もうオスロは雪降っているらしい。ヒンタータックスなどのアルプスではもうとっくにトレーニングが始まっている。たくさん雪が降っているらしい。うーん。オスロに住んでいるけど、勉強が仕事なために今年もひょっとしたら雪には縁がないかも。このまま雪のない国や地域で仕事したりすると雪には縁がなくなるかもね。

明日10月10日は一応出産予定日になっているけどどうなることやら。気が気じゃない。体育の日に産まれるとすごいな。

2011年10月8日土曜日

ウニ丼

病院の近くの大型スーパーマーケットの魚屋でウニを発見。昨日早速買ってみた。今日ウニ丼を作ろうとやってみたけど、開けてみると量が非常に少ないのと味が不味くて不味くて。でも捨てるのももったいないから全部食べた。写真を撮る気にもならないくらい見た目も悪かったので写真なし。あんなどす黒いウニは見たことがない。黄色から黄土色まではあるけど。

明日はラグビー見るぞ。

近況報告

昨日の朝、嫁のお供での病院に行った。現在運転免許失効中だから嫁のお父さんが30分離れた病院まで運転してくれている。まー情けないけど、書類上の問題で俺の失陥ではないのでしょうがない。まー深夜の緊急訪問を含めると、今回で4度目の検査なんだけど、やっといい妊婦さんに出会えることができて、いい意見を聞くことができた。嫁を含め、俺らの意見では、もうとっくに娘は生まれていい頃なんだけど、実際は生まれてこない。その様子すら見せない。少し心配なんだけど、その妊婦さんによると、娘の位置がまだまだ高いらしい。これは嫁が妊娠期間中にあまり運動をせず、体に重力をかけなかったためで、特に妊娠後期は胎児を下の方に下げるために運動をしないといけないらしい。実際辛い妊娠期間だったから文句は言えないし、言う権利もないけれど、まー納得な感じだ。身体的に大分怠けた感じはある。その分嫁のお母さんやお父さんの腰が痛かったりしているはずだ。まー好意でやってくれていることだから口を挟むまでもない。

その間虎の夜泣きや日常的なやんちゃには疲れて来た。目を離すと大抵駄目なことやってる。こないだは台所からココアパウダーみたいなのをこっそり盗んで自分の机でまき散らしていた。これには参った。








いつになるかわからんけど、近い将来、ちゃんとした仕事に就いた場合、欲しい物たくさんある。まず家。これ欲しい。キッチンとか庭とか自分達好みの家。またロケーションはあまりに都市じゃなくて、山の麓くらいで歩いてスキー場に行けるような場所。家の内部には自分のワークアウト用のスピンバイクとスクワットラック、あとベンチプレスようの椅子くらい欲しい。あと車。これはラリーの影響かフランスの影響かシトロエンほしくなった。DS5欲しい。買いたい。


2011年10月6日木曜日

秋模様

30℃続きの先週から一気に今週は秋の感じになってきた。オスロは土曜に最低気温2℃だって。家族と長い間時間を過ごせるのは嬉しいけど、なかなか勉強が進まないからそっちの方が心配になる。またそういった時は体を動かすんだけど、秋模様で外での活動が限られてきたから余計にもどかしくなるね。まーしょうがないか。

2011年10月5日水曜日

酷い生活

妹が生まれることを悟ったのか、一人っ子の特権が危ういと気づいたのか、最近虎の夜泣きが酷い。一発目は夜中1時から2時頃に。二発目はだいたい4時頃。んで三発目は虎が起きるときでだいたい6時半から7時くらい。部屋が隣だから直ぐ飛んでいくけど、こっちの眠りは中途半端もいいところ。そんな生活がもうかれこれ1週間は続いているから娘が生まれる前にこっちの体力はガタガタ。勉強もあんまりできていない。理論の数が増えたり、理論が高度になってくるともうわからなくなるね。だから知力もガタガタ。何とか立て直したいけど今日は無理。2時に虎に起こされてから朝まで勉強しようとしてるけど、なかなかこれがうまくいくものでもない。なかなかうまくいかないからブログのデザイン変えちゃった。


2011年10月1日土曜日

娘もうすぐ

今日病院行ってきた。長女はきっとこの先4日以内くらいで、つまり10月5日までには生まれるんじゃないかって予想している。大変だ。丈夫に順調に生まれてくれることを願っている。

2011年9月28日水曜日

勉強の環境じゃない

フランスで少し勉強しようと思い、資料等をたくさん持ってきたけど、頭の回転が悪い。環境的にも勉強に向いてないね。家族と時間たくさん使って、そのうち遊びボケてきたら再度勉強にも身が入るだろう。とりあえずは尻に火が付くまでは待つ感じか。




2011年9月27日火曜日

嫁の実家

虎と遊んだり嫁と時間を過ごしたり最高にいい時間を過ごしている。
まー勉強はまだできていないけど、今日から少しペースを上げる。

嫁にしてみると、日本の親も滑稽に映るかもしれんけど、ここの親父は本当にどうかしている感じがある。これだけは少し疲れて来た。

2011年9月22日木曜日

Phdやりたい

毎日やることやってる。Phdやりたいから、それに繋がるようにやることやってる。初めはNZでやりたいと思っていたけど、遠い。全てにおいて遠い。アメリカもアジアも、ヨーロッパも遠い。今はここノルウェーでやりたい気持ちが強い。

2011年9月20日火曜日

カウントダウン

嫁の妊娠期間も大詰め。10月10日予定だけど、25日にフランスに戻る。その頃は丁度実習期間と重なっていて、今回の実習は後期に延期という特例が出たので心置きなくフランスに戻る。赤ちゃんが生まれたらそこから1週間は少なくてもフランスに残って家族と過ごし、その後再度単身でノルウェーに戻ってこなければならない。

月末までに課題が出てるのと、10月末までに2つ課題が出てるので、何とかそれらをクリアするべく、毎日読んでは書いてる。ところがそうやっているうちに、最初は苦手だった読み書きが上手になってきた。また文章の構成もある程度うまくなってきたので効率も上がってきた。相乗効果だ。やればやるほどうまくなる。素晴らしい。

2011年9月13日火曜日

不満と解釈

俺の修論のプロモーターはオスロに住んでいない。というより、実は4時間離れた分校に在籍しているために滅多に会わない。そんな訳で2週間前に課題を出してもらい、今日面会。結果から言ってまー95%以上は自分が進めないと駄目な状況。彼はただいるだけって感じだ。国によって状況は違い、特にノルウェーは自学習が基本だから、わからないではないけれど、俺はたこ糸でつながれていないタコみたいな感じ。極端に言えば。博士いきたいのにこんな教官のもとで大丈夫なのかとも思うけど、自分をしっかり保って自分で進める。か。まー修士ってのはどこの国でもこんな扱いなのかな? しょうがないか。 

2011年9月10日土曜日

虎2歳。

昨日虎が2歳になった。もうすばしっこくていたずらっこで素晴らしい。2週間後にフランスに戻るからその時までの我慢だ。

週末だけど平日もある程度緩いからはっきり言って平日と週末の区別はあまりない。これは学生をやっていれば不思議じゃない。夏は別としてアメリカに居たときは週末なんて休みなかったし。まー33歳になっても平日と週末の区別のない生活を送っています。嬉しいのか悲しいのかはわからん。たぶんノルウェーの学生にしてみれば、天気のいい日は外で思いっきり過ごして、天気の悪い日は勉強を進める形の人が多いんじゃないか。それもまた立場の違う話だから比べるのもおかしいけど。

2週間くらい前から修論に向けての課題が出て、現在は平日も週末も関係なくそれに専念してるんだけど、読んだ量とそれに伴って書ける量ってのがまるで違う。また読むのに時間がかかりすぎる。これはしょうがない。でも読みに時間をかけすぎると今度は書けなくなる。何ともじれったい話だ。何とかそういった課題等をまめにこなして先生等にアピールして将来につなげたいとは思っている。今日で課題を提出できるように進めるぞ。あと何とかメドをつけてトレーニングを再開したい。

2011年8月30日火曜日

土壌汚染、34地点がチェルノブイリ移住基準超

日本にいなかったから政府、東電、メディア、国民のみなさんの状況がわからないけれど、フランスのメディアではチェルノブイリと比較も含めて結構大げさにやってた。それも数ヶ月前。大げさ過ぎるとは思っていたけれど、なんだか時間がたつにつれて、その大げさぶりが当たっているような気にもなってきた。また土壌のみにかかわらず、水質調査も知りたい。どうなるんだろ?


読売新聞 8月30日(火)3時5分配信

東京電力福島第一原子力発電所事故で拡散した放射性物質による土壌汚染の状態を調べた地図がまとまり、29日に開かれた文部科学省の検討会で報告された。

立ち入りが制限されている警戒区域や計画的避難区域で、チェルノブイリ原発事故での強制移住基準(1平方メートル当たりの放射性セシウム137が148万ベクレル)を超える汚染濃度が測定されたのは、6市町村34地点に上った。住民の被曝(ひばく)線量などを把握するのが狙い。菅首相が27日、「長期間にわたり住民の居住が困難になる地域が生じる」との見通しを示したが、それを裏付けた。

測定結果によると、6月14日時点で、セシウム137の濃度が最も高かったのは、警戒区域内にある福島県大熊町の1平方メートル当たり約1545万ベクレル。セシウム134と合わせると、同約2946万ベクレルとなった。

同300万ベクレル超となったのは、セシウム137で同町、双葉町、浪江町、富岡町の計16地点に上った。高い濃度の地点は、原発から北西方向に延びており、チェルノブイリ事故の強制移住基準を超える地点があった自治体は、飯舘村、南相馬市を加えた計6市町村だった。同省は約2200地点の土壌を測定した。



2011年8月29日月曜日

3週目

3週目がスタート。っていっても学校自体は1年目のベルギーとは天と地の差があって、とてもスロー。勉強に対するアプローチも違うし、サイエンスに関するアプローチも少し違う(これは教えてくれている教授達が教育やペダゴジー専門ってのが大きい)。クラスメートのほとんどはピュアにサイエンティフィックな論文を目指しているため、ここの授業を物足りないと思っているはずだ。俺は今だサイエンティフィックはアプローチに欠けているためそういったことを去年から引き続いて習いたい気持ちもあるけれど、俺の論文はソーシャルサイエンス的なアプローチ(ペダゴジーとか)なので、まー何とかなっている。自分に課題をもってやらないと、逆にこのスローなペースについていけなくなるから、宿題をやっているつもりで勉強している。って言ってもついこないだ始めたばかりだけどさ。

2011年8月18日木曜日

写真紹介 学校周辺

学校は徒歩5分もかからないところにある。その学校の向こうに湖があって、信じられないくらいリフレッシュできる。そこらへんを写真でアップする。













2011年8月17日水曜日

学校

1学期の1週目がスタート。まだ毎日オリエンテーション。留学生の枠組みに入れられているから学部生が多く、俺みたいな高年齢の人は周りにいない。だから自分のペースを守ってただ参加したり、スキップしたりしている。ここノルウェーは生徒に自主性を重んじる風習が他の国と比べて高いらしく、自分でしっかり物事を進めていかないと後で痛い思いをする人もいるらしい。まー目的意識をもって毎日過ごしていくいい練習になる。また体も毎日動かして、中性脂肪を減らす努力をして、コレステロール値を正常にもどしたい。ノルウェー人はとてもよくできた人種だと思う。またノルウェーはとてもいい国だ。今までにないくらい関心している。全て高すぎるけどね。

新しく買ったレンズが遂に届いたらしい。早く結果が知りたいけど、フィルターが届いていないから届くまでお預け。まーしょうがない。


2011年8月14日日曜日

オスロ到着

普段は必ず通路側の席を予約するんだけど、フランクフルトからオスロ行きの飛行機では窓側を予約した。それくらい興味はあった。窓から見えた部分に限り、針葉樹が多い以外の景色は北海道のそれとかなり似ていたように思えた。

普通空港に着いたらまず税関ってのがほとんどのケースだと思うけど、いきなり荷物受け取り場についた。あれっ?ここは順番が逆なのかな?と思いつつ、荷物をとって次の空間へ出たらもう到着ロビー。疲れてたからうっかりミスったのかとも思いながらまーいいかと電車のチケットを買いにいった。エクスプレスとローカル鉄道は700円くらいしかかわらないけど、結局乗車時間も大して変わらないのでびっくりした。

まー車窓から見た風景は何というか、札幌旭川間のスーパーホワイトアローに乗っているような風景。あるいは札幌旭川間の高速バスから外を眺めているような風景。まるで風景がダブり誰かのイタズラじゃないだろうかと一瞬思った。

オスロ駅からは地下鉄でアパートがあるKringsjaに来たんだけど、路線は6つあるのにホームが2つしかなくてびっくり。まー良くできた仕組みだとは思う。忙しい場所なら無理。

ところで空港到着からこの地下鉄移動までの全ての公共移動手段において、ここまでスムーズにそして体力を温存できたことも珍しい。重いスーツケース2つと重いバックパック1つでは大抵の都市では体力を消耗する。ここノルウェーは街や建物がきっちり設計されている。階段があるところには必ずエレベーターや坂になった通路が並走している。さすがは北欧。評判が高いだけある。